京都南法律事務所 行ってきました・見てきました

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No.9
東日本大震災5周年の支援活動に参加しました。

 東日本大震災からの5周年にあたる2016年3月10日から13日に実施された支援サークル「絆」の第10回支援活動に参加しました。
 3月10日の夕方に鹿折中学校仮設住宅に到着して宿泊させていただき、翌11日午前に、無料バザーやお茶っこ、お握りパーティを行ない、被災の時の様子や復興の状況などを聞きながら懇親を深めました。
 午後からは気仙沼市主宰の気仙沼市東日本大震災追悼式に参加しました。追悼式は、新月中学校生徒による「あすという日が」と「ふるさと」の献唱で始まり、全国追悼式の様子が中継され、これに合わせて2時46分から1分間の黙祷を行った後、市長の式辞や関係者の追悼の辞、2004年のスマトラ島沖大地震と津波で被災したインドネシア共和国アチェ州知事の挨拶とご遺族代表の言葉があり、最後に参加者全員で献花しました。
 3月12日の午前は、旧新城小学校仮設住宅で無料バザー、お茶っこ、お握りパーティを行ないました。午後から長磯七半沢仮設住宅を訪問し、手作りの苺大福などで歓迎を受け、健康支援に来た医師・看護婦のグループやたまたま支援に来ていた京都府宇治市在住のノルウェー人の女性宣教師らも交えての懇親と交流を行いました。その後、フェリーで大島に渡って民宿に宿泊しました。
 翌14日、大島の亀山に登り、茶色い土がむき出しの復興工事の状況を一望して帰途に就きました。
 「気仙沼 住居も道路も仮設かな」
 被災から5年が経過しました。改めて人間が創ってきた文明の脆弱さを感じました。仮設住宅から退去する被災者は増えていますが、嵩上げ工事や復興住宅の建築は大きく遅れており、復興住宅の家賃が高くて入居できない人もいます。水産加工工場はできても、人口の減少などで働く人を確保できず十分な操業ができない状態も生じています。ハードの面でも、ソフトの面でも復興のあり方の問題点を感じた支援活動でした。

弁護士 杉山 潔志 
2016.3.11 鹿折中学仮設住宅・お握りパーティ 2016.3.11気仙沼市総合体育館・H28追悼式
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