メンバーの素顔紹介 杉山潔志

猿丸大夫を祭る神社

【猿丸神社とその由緒】
 
▲猿の石像と猿丸大夫故址塚 写真をもっと見る
京都府綴喜郡宇治田原町大字禅定寺の緑に囲まれた山腹に猿丸神社があります。猿丸神社の祭神は猿丸大夫(さるまるだゆう,さるまるのたいふ)で、猿丸大夫の遺骨の上に建てた祠が猿丸神社の始まりといわれています。猿丸大夫は三十六歌仙の一人で、
『おく山に もみぢふみわけ なく鹿の こゑきく時ぞ 秋はかなしき』
は、鎌倉時代の歌人藤原定家によって、猿丸大夫の歌として小倉百人一首に撰ばれており、古来、文人・墨客がこの地を訪ねました。鎌倉時代の歌人・随筆家で、晩年に日野に方丈の庵を結んだ鴨長明は、「無名抄」で猿丸大夫に触れ、「方丈記」には猿丸神社を訪ねたことを書いています。『歩み煩ひなく、心遠くいたる時は、これより峰つゞき、炭山を越え、笠取を過ぎて、或は岩間にまうで、或は石山を拝む。若しは又粟津の原を分けつゝ、蝉歌の翁が跡をとぶらひ、田上河を渡りて、猿丸大夫が墓をたゞぬ。』(市古貞次校注「方丈記」(岩波文庫))。
▲駐車場にある猿丸大夫の歌碑 写真をもっと見る
 寺田から宇治を経て〜志津川〜炭山〜笠取〜曽束〜禅定寺〜郷之口〜白川〜は、私のランニングコースの1つです。私の吐く息の音を聞き、滴る汗を吸い込んだ路を古に鴨長明が歩いたと思うと感慨深いものがあります。
 猿丸神社は、近世以降、瘤取りの霊験があるといわれ、癌やできものの平癒祈願に来る人が多くなっているとのことです。
【謎の多い猿丸大夫】
 
▲猿丸神社の本殿と本殿前の
 祭神の眷属である猿の石像
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祭神とされている猿丸大夫は謎の多い人で、施基皇子(天智天皇の皇子)であるとか、弓削王(聖徳太子の孫)であるとの説がありますが、実在の人物か否かさえ不明です。先に紹介した歌も、平安前期に編纂された「古今和歌集」(巻第四秋歌上・215番)では「よみ人しらず」とされ、その真名序に『大友黒主之歌、古猿丸大夫之次也。頗有逸興、而躰甚鄙。如田夫之息花前也。』(大友の黒主が歌は、古の猿丸大夫の次(つぎて)なり。頗る逸興ありて、体甚だ鄙(いや)し。田夫の花の前に息(やす)めるがごとし)(佐伯梅友校注「古今和歌集」(岩波文庫))と、その名が出てくるだけです。
 哲学者の梅原猛氏は、猿丸大夫と柿本人麻呂は同一人物との説を唱えています。ところが、柿本人麻呂という人も、万葉の歌人として名前がでてきますが、出自のはっきりしない人で、個人ではなく柿本氏に属する人々を呼称したとの考え方もあるようです。
 猿丸大夫についても、猿丸伝承を引き継ぐ神職集団を指すとの考え方も出されています。猿丸伝承というのは、二荒(ふたら)山の神(男体権現と女体権現)と赤城の神が山中の湖をめぐって争いとなり、それぞれ大蛇と大百足になって戦った際に、敗色濃厚となった二荒の神は、弓の名手の小野猿麻呂に助けを乞い、猿麻呂が大百足を討ち、宇都宮大明神になったというもので、猿丸大夫の子孫を称する人々が諸国に広がったとのことです。
【明治時代に創設された戸籍制度】
 
▲猿丸神社の表参道 写真をもっと見る
古代の人物については、記録が不十分なだけでなく、伝説上の人物が実在の人物のように書かれていることもあり、また、地名や官職で個人が認識されることも多く、他人が有名人の名を名乗ることもあったでしょう。さらに、江戸時代ころまでは、1人の人物に幼名や諱があっただけでなく、氏名を変えることも多く、たとえば、新免弁之介は、後に宮本武蔵、藤原玄信と名乗りました。歌舞伎や落語などの世界では、現代でも、同一の氏名を後継者が名乗ることが見られます。このような事情が猿丸大夫のような謎めいた人を生み出したのでしょうか。
 ところが、明治政府が戸籍制度を創設すると、個人が通称名や芸名を名乗ることはあっても、戸籍上の氏名は、基本的に身分関係の変動以外に変わることはなく、氏名の変動も戸籍に登録され、本籍と氏名、生年月日などで個人が特定されるようになったのです。国家が個々人を特定して掌握することには、国民一人ひとりに遺漏なく納税や兵役の義務を課すという意味もあったのです。
【氏名をめぐる法律問題】
 
▲猿丸神社の裏参道 写真をもっと見る
現在の民法は、嫡出である子は父母の氏を称し、嫡出でない子は母の氏を称すると定めています。子の名は、出生届にて市町村長に届出をしますが、名には常用平易な文字を用いなければならないとされています(戸籍法)。
 戸籍上の氏は、婚姻、養子縁組によって変動します。離婚、離縁すると元の氏に戻りますが、離婚した場合、3か月以内に届け出ることにより、離婚の際の氏を称することができます。縁組から7年以後に離縁した場合には、3か月以内に届け出ることによって離縁の際の氏を称することができます。また、離婚などによって親子の姓が異なった場合は、家庭裁判所の許可を得て届出すると、父または母の氏を称することができます。
 しかし、時として、親と縁を切りたいので、氏を変えたいという相談もありますが、民法は、親子の縁切りや勘当という制度を認めていませんので、このような理由での氏の変更は認められません。また、名の変更には家庭裁判所の許可が必要であり、同姓同名の者があって社会生活上の著しい支障がある場合や珍奇や難解な名である場合、外国人と紛らわしい名である場合、長期間の通称名の使用の場合などに限って許可されています。
  氏名には、個人の呼称という側面だけでなく、社会が個人を認識するという公益上の意味もあるので、個人の希望だけで氏名を変えることはできないのです。
(2010年10月更新)


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