コラム 杉山 潔志 
【私の本棚】 憲法九条と幣原喜重郎 〜日本国憲法の原点の解明〜
憲法九条とて幣原喜重郎
 笠原 十九司著(大月書店)

 日本国憲法第9条の発案者についてはさまざまな説が唱えられてきました。改憲論者はマッカーサー連合国軍最高司令官が発案し、「押しつけた」と主張してきました。
 本書は、南京事件などの研究実績のある笠原十九司都留文科大学名誉教授がこの論争に「終止符」をうち、幣原喜重郎が発案者であることを証明するとして執筆した力作です。
 笠原名誉教授は、従来の論争が敗戦直後の時代状況把握と史料批判が不十分とした上、戦前、幣原が軟弱外交と非難される中で、膠州租借地の中国への返還、軍縮条約やパリ不戦条約の締結のために外交官、外務大臣として腐心し、貴族院議員の幣原が翼賛政治会に参加しなかった政治・外交姿勢を紹介しています。そして、笠原名誉教授は、敗戦後に首相に就任した幣原が天皇制廃止や天皇の戦争責任を主張する国々も加わる極東委員会が活動を開始する前の1946年1月24日、マッカーサー司令官に秘密会談を申し入れ、天皇制の存続と日本の信頼回復のために軍備を保持しない旨提案し、司令官がこれに賛同したことを平野メモなどの資料によって裏付けています。
 また、幣原は、戦争放棄が正義の道であり、原子爆弾が登場した国際社会が数十年後には戦争放棄を考えるに違いないと述べています(枢密院における幣原首相の憲法草案説明要旨)。
 2022年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻し核兵器の使用を示唆して武力による威嚇を行っている現在、戦争放棄を提唱した幣原の先見性に驚かされます。

2022年11月