探訪 杉山 潔志


流れ橋

 民法第192条〜第194条に即時取得の規定があります。即時取得は、取引によって平穏かつ公然と動産の占有を始めた者は、取引の相手方が権利者であると信じ、そのように信じることに落ち度がないときは、即時にその動産の権利を取得するという制度です。ただし、取引の相手方が占有していた動産が盗品または遺失物であるときは、被害者または遺失者は、盗難または遺失の時から2年間、占有者に対してその物の回復を請求できるとされています。その場合、占有者が盗品または遺失物を競売もしくは公の市場で、またはその物と同種の物を販売する商人から、盗難・遺失の事情を知らないで買い受けたときは、被害者または遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復できないとされています。
 私も即時取得に関する事件の委任を受けたことがあります。中古の自動車や建設重機を購入して中東で売却していた中東出身の人からの依頼で、建設業者から建設重機(ユンボ)を購入して輸出しようとしたところ、大阪税関で盗難品と判明し、差し押さえられた上、被害者に返還されたということでした。彼は、購入の際、重機の車台番号をコンピューターで照合し、盗品登録されてないことを確認して購入しました。ところが、税関ではエンジン番号なども調査され、盗品とわかったのです。購入の際に必要な注意を払ったとして、彼が重機の所有権を取得するとも考えられますが、競売や市場での購入ではなく、建設業者も商人ではないので、被害者からの回復を拒めません。そこで、この事件では、建設業者に損害賠償を請求することにしたのです。
 ところで、私は、法律の勉強を始めたとき、即時取得のしくみをすぐには理解できませんでした。通常の取引では、権利者が持っていた権利を譲り受けて、その物の権利者になります。即時取得の場合には、権利者でない者から譲り受けたにもかかわらず、なぜ権利を取得できるのか・・・理屈が通らないではないか。これが、私の疑問でした。実は、即時取得の制度は、取引の安全という発想にもとづいているのです。つまり、動産の真実の権利者を確認することは容易でないので、動産を所持している者を権利者と推定し、そのような者から落ち度なく取引によって権利を取得した者を権利者として保護することにしたのです。こうすることによって、迅速・安全な取引が行えるようになります。しかし、その反面、真実の権利者はその物の権利を失うことになります。そこで、民法は、取引された物が盗品や遺失物である場合に被害者や遺失者との利益調整の規定も置いているのです。
 
▲左岸下流側から見た流れ橋 写真をもっと見る
私たちの身近にも柔軟な発想にもとづくものがたくさんあります。橋もその1つです。私たちは、河川には連続堤の堤防が設けられ、洪水が発生したときも流されずに利用できる強度を有した橋が架けられていると考えがちです。実際そのような橋が大部分でしょう。しかし、そのような橋ばかりではありません。以前に、「恋志谷姫」で紹介した南山城村の木津川に架けられた沈下橋は、増水の際には水没することによって橋自身の損壊を免れようという発想で架橋されています。
 また、八幡市(左岸)と久御山町(右岸)の木津川には、流れ橋である上津屋橋(通称、流れ橋)が架けられています。上津屋橋は、昭和28年3月に架橋された全長356.5m、幅員3.3mの日本で最長級の木造橋で、橋脚の上にはワイヤーロープで繋がれた複数の橋桁が置かれており、水位が上がると橋桁が流されます。それによって水流の圧力を受け流して橋の損壊を免れるという発想です。堤防の設置された案内板によると、架橋から平成9年7月までに通算15回も流失したそうです。私も流されて橋脚からはずれた橋桁を見たことがあります。  
▲橋板をつなぐワイヤロープ 写真をもっと見る

 流れ橋とその付近の川原や堤防は、子どもの遊び場やデートスポット、ジョギングやサイクリングのコースとして人気があります。また、木造橋と河川が調和した独特の景観から、時代劇のロケ地としても有名です。春から夏ころには、流れ橋時代劇祭りが行われ、時代劇の有名人などに扮した市民が行列をつくって流れ橋を渡るなどして楽しむ光景も見られます。このように、流れ橋を中心とした地域は、市民の貴重な財産となっています。
 私たちの身近にあるものから地球環境や世界同時不況、格差社会などの大きな問題まで、固定観念にとらわれるのではなく、豊かで柔軟な発想によってさまざまな問題に対処し、解決していきたいものです。

(2009年3月更新)