探訪 杉山 潔志

正壽院の猪目(いのめ)窓 (宇治田原町)
〔標章と意匠〕
 しるしとする徽章または記号を標章といい、美術・工芸・工業品などの形・模様・色または構成について工夫をこらすこと、また、その装飾的考案、デザインを意匠といいます。家紋やシンボルマークは標章に該当し、装飾品や各種工業製品の形状や色彩に関する考案は意匠に該当します。
 1957年、通商産業省(現、経済産業省)は、デザイン創造の奨励を目的として「グッドデザイン商品選定制度」(Gマーク制度)を創設しました。現在、公益財団法人日本デザイン振興会の主催で、毎年応募された優れた事物のデザインにグッドデザイン賞が贈られています。グッドデザイン賞にはグッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)やグッドデザイン金賞などがあり、2020年には「自律分散型水循環システム」(WOTA株式会社)が大賞を受賞しました( 日本デザイン振興会・GOOD DESIGN AWARDのホームページ参照)。
 
正壽院・則天の間の猪目窓
▲正壽院・則天の間の猪目窓
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〔商標権と意匠権〕
  法律の要件を備えた標章や意匠は法的に保護されます。商標法は、「人の知覚によって認識できる文字、図形、記号、立体的形状、色彩、これらの結合、音その他政令で定めるもの」を標章と定義し、そのうち、業務で使用される商品や役務に関する標章について、登録によって商標権が成立すると定めています。商標権者は、商標権の侵害者に対し、差止、損害賠償、信用回復措置(謝罪広告)を請求でき、罰則も定められています。ただし、普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標や慣用されている商標、ありふれた氏名又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標、国旗、菊花紋章、勲章、外国の国旗と同一又は類似の商標なども登録対象とされていません。
 意匠法は、「視覚を通じて美感を起こさせる物品又はその部分の形状、模様、色彩又はこれらの結合(物品に表示された物品操作用画像を含みます。)」を意匠と定義し、意匠のうち、工業上の利用可能性、新規性、創作の非容易性、先願性があり、登録を受けられない意匠(公序良俗に反するもの、他人の業務の物品と混同のおそれがあるものなど)に該当しないという登録の要件を満たす意匠について、登録によって意匠権を成立させ、商標権と同様の保護を認めています。
 意匠をめぐる裁判では、ハート形状のプレートの中心線上に相似形のハートの孔を入れ子状に設けた装身用下げ飾りについて、ハート形は公然知られた周知の形状で創作性がなく、入れ子状にハート形を組み合わせた手法は容易に考えつくなどの理由で意匠登録の拒絶査定を支持した判決があります(東京高等裁判所平成12年5月16日判決)。
 立体商標と意匠などでは、商標権と意匠権の双方が成立します。コクヨの消しゴムには、商標としても意匠としても登録されているものがあるようです。

宇治田原町奥山田川上地区
▲宇治田原町奥山田川上地区
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〔ハート型の窓がある正壽院〕
 徳川家康が本能寺の変の発生後に領国三河に急ぎ帰る際に通った伊賀越えの経路の一部に信楽街道があります。街道沿いの京都府綴喜郡宇治田原町奥山田川上地区に、正壽院(真言宗)があります。正壽院は、客殿(則天の間)の160枚の天井画や2000余個の風鈴を展示した風鈴祭りなどで知られていますが、則天の間にあるハート型の窓も注目を集めています。このハート型は「猪目(いのめ)」と呼ばれ、約1400年前からの建築装飾で使われている日本の伝統模様の1つで、災いを除き、福を招く意が込められているそうです(正壽院のホームページより)。また、正壽院の客殿には、猪目模様が用いられた風鐸、鍔、釘隠しなども展示されています。

 
正壽院・花手水
▲正壽院・花手水
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〔西洋と東洋で類似するデザイン〕
  心臓(女性のお尻や胸の輪郭との説も)を象ったハート型は、古代エジプトないしギリシャを起源とすると言われ、愛情や恋愛感情を象徴するものとして世界中に広まりました。
 他方、「猪目」は猪の目の形との説明が多いようですが、日本建築の切妻造や入母屋造の屋根に設ける懸魚(けぎょ)という妻飾りに起源があるという説明に説得力がありそうです。懸魚は、中国を起源とし、防火の願いを込めて建築物に設置され、飛鳥〜奈良時代に仏教とともに日本にもたらされたもので、逆三角形様の板の両側をハート型にくり抜いた装飾が猪の顔に似ていることから猪目懸魚と称され、ハート型の意匠の部分が「猪目」と呼ばれるようになったと説かれています。  

「ダビデの星」と「籠目紋」も発生起源は異なっていますが、ともに2つの正三角形を逆向きに重ねた六芒星という形をしています。「ダビデの星」はユダヤ教やユダヤ民族を象徴する標章で、イスラエル国旗にも描かれています。他方、「籠目紋」は竹などで編んだ籠の網の目の一部分の紋で、籠目の連続模様には魔除けの効果があると言われています。  正壽院の猪目窓は、世界で使用される標章や意匠が、その発生起源や意味が異なっていても、同じ形状が生じるという現象に対する興味と関心を引き起こします。
 
2020年11月