探訪 杉山 潔志

蘇民将来之子孫


八坂神社・西楼門
 ▲ 八坂神社・西楼門
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〔八坂神社と祇園〕
 祇園祭は京都市東山区にある八坂神社の祭礼で日本三大祭のひとつです。八坂神社は、あらゆる災いを祓う神様として信仰されている素戔嗚尊(すさのをのみこと)を主祭神とし、全国約2300社の八坂神社、祇園信仰神社の総本社です。素戔嗚尊は、祇園精舎の守護神である牛頭天王(ごずてんのう)とも称し、薬師如来を本地仏として疫病消除の願いを聞き届け、平安時代に疫病を鎮める祈りを込めた祭礼行事として祇園祭が始まったといわれています(八坂神社のホームページ参照)。


〔祇園ちまきに付された蘇民将来(そみんしょうらい)之子孫也の呪符〕

厄除けちまき
 ▲ 厄除けちまき
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 祇園祭では、八坂神社や山鉾町で祇園祭ちまき(厄除けちまき)が売り出されます。このちまき(粽・茅巻)は笹を巻いて作られたもので、「蘇民将来之子孫也」と書かれた御札様の紙片が付けられています。山鉾町で売られるちまきは、紙で包まれたものや飾りがつけられたものなど様々で、厄除け、疫病除け以外に、縁結び、安産、商売繁盛、開運、学問成就、親孝行などそれぞれの山鉾にちなんだご利益があるそうです。


 
〔蘇民将来伝説〕
 鎌倉時代に卜部兼方が著した「釈日本紀」巻七に備後国風土記の引用文があります。その内容は、
昔、武塔(むとう)神が求婚の旅の途中に日が暮れて宿を求めたところ、その地に将来という者が二人おり、兄の蘇民将来は貧窮し、弟の将来は裕福であったが、弟は宿を貸さず、兄の蘇民将来は宿を提供して粟飯で饗応した。年経て再びその地を通った武塔神は蘇民将来に報いるため、蘇民将来とその娘らに茅の輪を腰に着けさせて、速須佐雄能(すさのを)神であると明かし、後の世に疫病があったとき、蘇民将来の子孫と云って腰に茅の輪を着けた人は免れると言って去った。
というものです。この説話を起源とするかのように、京都だけでなく日本各地で、蘇民祭や「蘇民将来」と書かれた護符や注連飾りが作られているそうです。


蘇民将来呪符木簡
 ▲ 蘇民将来呪符木簡
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〔長岡京から出土した蘇民将来呪符木簡〕
 長岡京市の住宅地再開発に伴う発掘調査が行われた2000年、長岡京跡の右京六条二坊六町の南辺を画する六条条間南小路北側溝の枡状部に該当する場所(現在の長岡京市開田四丁目)で、木簡72点が大量の土器や木製品、石製品とともに出土しました。出土木簡の1つが両面に「蘇民将来之子孫者」と書かれた木簡(蘇民将来呪符木簡)です。
 蘇民将来呪符木簡は、幅1.3cm、長さ2.7cm、厚さ0.2cmという小さなもので、上部には小さな穴が開けられているところから、身に付けて御守りのようにして用いられたと推測されています。「蘇民将来」と記された札は日本各地で見つかっていますが、この呪符木簡は長岡京が営まれていた784年から794年の間に使用されていたと考えられており、蘇民将来信仰を証する最古の資料として長岡京市の指定文化財とされています。(長岡京市埋蔵文化財センターの資料より)。
 長岡京市埋蔵文化財センターは、新型コロナウイルス感染症の拡大後、来館者に「蘇民将来」缶バッジをプレゼントしました。そのご利益があったのか、政府は、2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症を感染症法上の2類感染症から一般のインフルエンザと同じ5類へと類下げをしました。なお、今回の訪館では広口壺(弥生土器)の波状文・直線文が描かれた缶バッジをいただきました。


〔呪符の販売と法律〕
 古代の人々は疫病神や怨霊などが疫病や自然災害を引き起こすと考えていたので、身を護る手段として「蘇民将来之子孫」の御札や木簡を用いていたようです。病気や災害の原因が科学的に明らかにされている現代でも、御守りや御札、形代などは厄除け・幸運グッズとして人気があります。
 しかし、霊感があるように装って、先祖の因縁や悪霊の祟りなどの話をして不安をあおり、因縁や悪霊を祓って幸運を呼ぶという印鑑や数珠、壺などを過大な値段で買わせたり、法外な祈祷料を払わせる行為は、霊感商法、霊視商法として売買や祈祷の契約が公序良俗(民法第90条)や消費者契約法違反などとして無効や取消しができるだけでなく、不法行為(民法第709条)として損害賠償請求の対象となることもあります。さらに、これらの行為は詐欺や恐喝などの犯罪となる場合もあります(青森地方裁判所弘前支部1984年1月12日判決)。
 御守りや御札、先祖供養や七五三などの祈祷は、現代社会にあっては、不安を煽ったり、心理的な強要を伴うものでなく、伝統的なもの、社会通念上是認されるものでなければなりません。


2023年8月