憲法を知ろう

残虐刑の禁止(36条)
2024年の死刑に関する判決
刑法第9条、第11条は、刑罰として死刑を定めており、明治6年太政官布告第65号(絞罪器械図式)に定められた様式の絞首台によって絞首刑として執行されます。2024年1月25日、京都地方裁判所は、京都アニメーション事件の放火殺人被告人に死刑判決を言い渡し、同年9月25日には、静岡地方裁判所が死刑判決の確定した袴田事件の袴田巌さんに再審無罪判決を言い渡し、死刑や再審に対する関心が高まりました。
日本国憲法と死刑制度
日本国憲法第36条は、
「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」
と定めていますが、憲法第13条は、
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と、憲法第31条は、
「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定しています。これらの規定に照らすと、公共の福祉のために死刑を法律で設けることは憲法違反とならず、死刑制度の存廃は法律次第というのが日本国憲法の立場です。
死刑に関する判例や世論
最高裁判所は、1948年(昭和23年)3月12日、母と姉を殺害して死体を古井戸に投げ込んだ被告人に対し、「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球より重い」と指摘しながらも、刑罰としての死刑そのものが残虐な刑罰に該当せず、将来、火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでのような死刑執行方法を定める法律が制定されると、その法律は憲法第36条に違反する旨判示しました。内閣府が行っている2019年の世論調査では、死刑廃止論は約10%、やむを得ない論は約80%でした。
死刑制度存置論と廃止論
世界的にみると、2022年12月の時点で、死刑制度廃止国が多い状況(廃止ないし事実上の廃止国は144か国、存置国は55か国)ですが、中国やインドなど人口の多い国で死刑制度があり、死刑存置国に生活する人の方が多い状況となっています。死刑制度については、存置論と廃止論とで多彩な議論がなされています。その詳細の紹介は省略しますが、存置論では、他人の生命を奪った犯罪者は自己の生命で償うべきだとの主張や死刑制度はやむを得ないとの国民の意識の存在が、廃止論では、犯罪や量刑の事実認定の誤りによる誤判の可能性、犯罪抑止のための政策としての生命刑への疑問が、それぞれの論拠として説得力があると思われます。
日本の死刑制度について考える懇話会の報告書
2024年2月、学者、国会議員(自民・公明・立憲)、前検事総長、元警察庁長官、元日弁連会長、マスコミ関係者、被害者と司法を考える会代表など多彩な顔ぶれで「日本の死刑制度を考える懇話会」がスタートし、議論を重ね、2024年11月13日、報告書をまとめました、報告書は、結語の部分で、死刑制度の存置・廃止には触れず、現状に甘んじることなく問題解決に向けて一歩でも先に歩を進めることを呼びかけています。スイスでは、「死の自己決定権」にもとづいて、利己的な動機のない自殺幇助は処罰の対象とされず、自殺幇助団体が活動しています。医師の協力で入手したペントバルビタールナトリウムという薬剤が自殺に用いられています。また、カプセルに入った自殺者がボタン操作によって窒素ガスを充満させて安らかに自殺する装置も考案されています。
導入された当時では残虐な刑罰でないとされた絞首刑ですが、上記のような方法が開発、考案された現在では、死刑執行方法として“残酷”と評価される余地が生じているかもしれません。懇話会の報告書は、死刑制度に対する立場に関わらず、現在の絞首刑についての検討をも呼びかけていると思われます。
(弁護士 杉山潔志・2025年1月記)