憲法を知ろう
敵基地攻撃能力と憲法9条(9条)
急浮上してきた敵基地攻撃能力論
岸田首相は、2021年12月6日の所信表明演説で安倍元首相も踏み込まなかった敵基地攻撃能力の保有の検討を表明しました。自民党は、2022年4月26日、「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を発表し、ミサイル基地だけでなく指揮命令系統も攻撃対象とする敵基地攻撃能力の保持を提言しました。これまで日本は、ミサイル攻撃に対して迎撃システムで対応しようとしてきましたが、ミサイル開発は迎撃システム開発を上回っており、極超音速ミサイル等、発射されてしまったミサイルを迎撃しきれない事態となってきました。そこに出てきたのが敵基地攻撃能力論で、ロシアのウクライナ侵略前から出されていました。2種類あるように思われます。
2つの敵基地攻撃能力論
1つめは、先制的な敵基地攻撃論です。敵国がミサイルを発射する前に先制的に叩くと言います。液体燃料ミサイルの場合は、燃料の注入を始めれば、発射の準備を始めたことが分かり、発射に着手したとして発射の前に叩けるとされていました。しかし、固定燃料ミサイルが主流になり発射の着手の察知は至難の業となっています。2つめは、抑止力論的な敵基地攻撃能力保持論です。敵国のミサイル基地、防空システム、指揮命令系統まで叩き潰す能力を備えておき、ミサイル攻撃で日本に被害が出た場合は、そうすると宣言しておくことで、敵国にミサイル攻撃を思いとどまらせようと言うのです。岸田首相の所信表明演説と自民党の提言はいずれも、抑止力論的な言い回しになっています。
9条の政府解釈
9条1項は、戦争放棄を規定していますが、政府は放棄したのは侵略戦争だと解釈しています。9条2項ですが、一般的には自衛権には個別的自衛権だけでなく集団的自衛権も含まれていると考えられていますが、我が国の場合は、9条2項に戦力不保持と交戦権の否認が規定されているので、我が国が攻められた時の個別的自衛権は許されるが、我が国が攻められた場合でない集団的自衛権は許されないと解釈されており、自衛権を行使できる場合について「自衛権行使の3要件」で説明されてきました。
- 自衛権行使の3要件
- 我が国に対する武力攻撃があり
- これを排除するのに他に方法がない場合
- 必要最小限の武力行使は許される
安保法制(横に広げる)
ところが、2015年の安保法は、新3要件の場合に自衛権が行使できるとして、我が国が攻撃されていない場合の集団的自衛権行使に道を開きました。
- 新 自衛権行使の3要件
- ①我が国に対する武力攻撃がある場合、②我が国と密接な第三国に武力攻撃があり、我が国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険があること(存立危機事態)
- これを排除するのに他に方法がない場合
- 必要最小限の武力行使は許される
敵基地攻撃能力論(縦に広げる)
敵基地攻撃論を3要件に沿ってみておきましょう。1つめの先制的な敵基地攻撃論は、第1要件の、武力攻撃発生の要件を、「攻撃の着手」もない「攻撃のおそれ」の段階に緩和します。文字どおりプーチンと同じ侵略を容認するものと言え、9条2項だけでなく9条1項に反することとなります。
2つめの抑止力論的な敵基地攻撃能力保持論は、ミサイルが既に着弾し、第2要件の「その排除」は問題になりませんし、全ミサイル基地、防空機能、指揮命令系統を破壊すると言っていますから、第3要件の「必要最小限」要件も完全に逸脱することになります。
敵基地攻撃のための武器が、9条2項の許容する「実力」を超え、禁止される「戦力」にあたることは明らかです。
集団的自衛権行使の場面でも
敵基地攻撃能力論は、集団的自衛権行使の場合、すなわち、海外でアメリカと一緒に戦争する場合にも適用されることになります。
9条改正されると敵基地攻撃が現実に
このように、敵基地攻撃能力論は、「戦力」を持つことになり、自衛権行使の新旧の3要件を全面的に反故にし、その元にある9条1項、2項と相いれません。我が国を先制攻撃する国、プーチンと同じ侵略する国、全面戦争する国にしないため、敵基地攻撃能力論と9条改正に反対しましょう。
(弁護士 井関佳法・2022年6月記)