憲法を知ろう
憲法と違憲判決(97条〜99条)
2021年秋に言い渡された2つの違憲判決
2021年秋に2つの違憲判決が言い渡されました。1つは、難民不認定処分に対する申立てた異議が棄却された翌日に強制送還されたスリランカ国籍の男性2人が、強制送還によって憲法第32条が定める裁判を受ける権利を奪われたとして国に対して合計1000万円の損害賠償請求を求めた事件で、控訴審の東京高等裁判所は、9月22日、強制送還を違憲と判断して原審判決を取り消し、国に対し、合計60万円(各30万円)の支払いを命じました。国は、上告を断念し、控訴審判決が確定しました。もう1つは、警備会社に勤務し、交通誘導業務に従事していた男性が成年後見開始審判を受けたところ、成年被後見人・被保佐人を警備員の欠格事由と定めた改正前の警備業法により失職したため、国に損害賠償請求をした事件に関するもので、岐阜地方裁判所は、10月1日、警備業法の規定が職業選択の自由を定めた憲法第22条第1項に抵触するとして国に10万円の支払いを命じました。2019年6月に成立した成年被後見人等の権利制限措置適正化法改正により、警備員だけでなく古物営業、質屋営業、探偵業、貸金業、公認会計士など多くの成年被後見人の資格制限が撤廃されました。
基本的人権の本質
日本国憲法第97条は、「この憲法が日本国民に補償する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と規定しています。日本国憲法は、第11条にも、国民が永久不可侵の基本的人権を享有すると規定しています。日本国憲法が第97条に基本的人権の本質に関する規定を置いたのは、基本的人権の本質が憲法の最高法規性(第98条第1項)や憲法尊重擁護義務(第99条)の前提をなすものであり、国民に対し、日本国憲法に関する理解を深め、この憲法を保持するための努力を促すためと考えられます。
最高法規としての憲法
日本国憲法第98条第1項は「この憲法は、国の最高法規であって、その条項に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の全部又は一部、その効力を有しない。」と規定しています。この規定によって、大日本帝国憲法下で制定・運用されていた治安維持法など基本的人権を侵害する法律や勅令が無効となり、廃止されました。憲法のこの条項は、民主的過程で選出された代表者が成立させた法律であっても、憲法が保障する基本的人権に反するものは無効であると宣言するものです。日本国憲法は、民主主義的な多数決でも基本的人権を奪うことができないとの立場を明らかにしています。
憲法は、基本的人権を保障するため、法律、命令、規則、処分が憲法に適合するか否かを審査する権限を裁判所に付与しています(日本国憲法第81条)。さきに挙げた2つの違憲判決は、このような日本国憲法の仕組みに立脚して言い渡されたのです。
憲法尊重擁護の義務
日本国憲法第99条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と規定しています。この規定は、権力を行使する立場にある天皇その他の公務員に対し、憲法尊重擁護義務の枷を付して国民の基本的人権を保障することを意図しています。主権者である国民は、天皇その他の公務員に憲法の尊重擁護を求める立場であることから、この規定には国民が記載されていません。日本国憲法は、国民に対しては、基本的人権の享有者として、不断の努力によってこの憲法を保持し、基本的人権を濫用してはならないと定めています(日本国憲法第12条)。
(弁護士 杉山潔志・2021年10月記)